モノを売るビジネスから
コトを売るビジネスへ飛躍。
物流倉庫建築プロジェクト
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小林 久城
興和オプトロニクス株式会社
環境事業部 事業部長
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桑原 伸一郎
興和オプトロニクス株式会社
ロボティクス事業部 事業部長
興和はよく知られる医薬品のほかに、繊維や化学素材など、さまざまな商材を扱っている。メーカーであり商社でもあるという、多彩な顔も持つ。それらは一見するとまったく別々のビジネスに思えるが、互いが密接につながりあい、新たな価値を生み出すことも少なくない。その代表例と言えるのが、2024年4月に稼働した物流倉庫の建築プロジェクトだ。環境への配慮や人手不足という社会的課題に対応した物流倉庫を建築するにあたって、興和は企画から建築、さらに倉庫内外の設備までを担当した。興和らしくないようでいて、実は極めて興和らしいプロジェクトを2人のキーパーソンの話からひも解く。(文中敬称略)
物流倉庫を新築する事業の
相談先は“レンズメーカー”
2021年、1本の電話が興和オプトロニクスの環境事業部にかかってきた。電話の主は、福井県に拠点を置き化学品や電子部品などの輸出入を行う興和江守。興和のグループ会社だ。電話の内容は、県内に物流倉庫を新設したいというものだった。
興和グループの光学部門を担う興和オプトロニクスは、レンズやカメラといった光学製品の開発・製造を主軸として発展してきた会社だ。同社製品は主に製造業などの工場で、品質検査などの用途で用いられている。そこから事業領域を画像処理などのソフトウエアに広げ、さらには工場内で用いる設備全般にまで拡大。ロボットを用いた工場の合理化・自動化に取り組む「ロボティクス事業部」が誕生した。生産現場への理解を深める中で出会った省エネや環境配慮に対する課題は、工場内での脱炭素に向けた取り組みを支援する「環境事業部」へと発展する。物流倉庫建築の相談が興和オプトロニクスに寄せられたのも、ロボティクス事業部や環境事業部の存在があったからだ。
依頼内容を聞いた環境事業部の小林久城は、すぐさま「環境配慮型の物流倉庫を提案しよう」と方針を固める。その背景には、次のような思いがあった。
「環境ソリューションを提案する私たち環境事業部ですが、当時のビジネスの多くは省エネ型のLED照明の販売を行うなど、あくまでも『モノ売り』でした。しかし私たちが目指していいたのは、各種の省エネ設備などを組み合わせて施設全体での環境配慮を実現する、提案型の『コト売り』でした。物流倉庫プロジェクトは、コト売りへの飛躍を果たす絶好の機会だと考えました」(小林)
小林は、グループ会社であり不動産や開発を主力事業とする興和地所に協力を依頼。環境配慮型をテーマにしながら時代に即した物流倉庫のあり方に関して、思いつく限りのアイデアを出しては議論を深めていった。そこから、カーボンニュートラル、BCP(事業継続計画)、ユニバーサルという3つのコンセプトを策定。環境事業部が主体となって全体計画を立案・提案したうえで、興和地所が設計・施工、環境事業部が太陽光をはじめとした環境関連の設備、ロボティクス事業部が倉庫内のロボットやシステムを担うという役割分担が決まった。
前例のない自動化倉庫に挑戦。
省エネ・創エネで『ZEB』をめざす
ロボティクス事業部を率いる桑原伸一郎のもとへプロジェクトの話がもたらされたのは、小林が全体コンセプトを固めた頃だ。人手不足が深刻化している物流業界では、労働環境の改善は「ユニバーサル」というコンセプトの実現に大きく寄与する。そこで期待されるのが、ロボティクス事業部が持つ無人化・省人化のノウハウだ。
「作業性の向上や人手不足への対応策として、ロボットは大きな力を持ちます。しかしロボットは電力消費が多いという側面もあります。やみくもにロボットの導入を進めてしまうと、カーボンニュートラルの実現から遠ざかるという難しさがありました」(桑原)
桑原たちロボティクス事業部は、もう1つ別の要因にも悩まされていた。それは、物流倉庫の自動化には前例がなかったことだ。当時、複数階にもおよぶ巨大な倉庫では「スタッカークレーン」と呼ばれる大型のクレーンを設置し、マンションの立体駐車場のように自動的に荷物を取り出したり格納したりする技術が導入されていた。しかし今回のプロジェクトは、1階建ての「平倉庫」。スタッカークレーンを活用することはできない。別の方法を模索せざるを得なかったのだ。
「ロボットを用いた自動化が進んでいるのは製造業です。なぜなら製造業は、作業量や作業内容に変動が少ないから。同じ作業を繰り返すからこそ、人間の作業をロボットに置き換えやすいのです。対する物流業は、荷物の量や大きさ、荷物に対する作業がめまぐるしく変化します。変化するものは自動化には向きません。向いていないから、物流業を対象として開発された自動化ロボットも数が限られている。ノウハウもリソースも非常に限られていたのです。そこにこのプロジェクトの難しさがありました」(桑原)
小林たち環境事業部も、カーボンニュートラルの実現に向けて詳細な計画の立案を進めていた。照明はLEDを全面的に使用し、空調設備も節電効果の高いものを導入。建物には光窓を積極的に配置し、照明に頼らず自然光で明るさを保つことができる設計にした。さらに太陽光発電も導入し、エネルギーを自ら生み出す「創エネ」にも取り組む。また、蓄電池を設置し、日中に発電した電気を夜間などに使用できるようにした。これらの工夫により、従来であれば必要だったエネルギーを0%以下にまで減らす『ZEB』を実現した。
「ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)は快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支を実質ゼロにすることを目指した建物のことを言いますが、エネルギーの削減量によって4つのグレードがあります。本プロジェクトは、その中で最も高いグレードとしての評価を得ています」(小林)
通常の5倍にも及ぶヒアリングで
高度なシステム化を実現
詳細な計画やシステムの仕様を決めていくうえで、2人は同じような苦労と工夫を経験した。それは、現場への綿密なヒアリングだ。
桑原は平倉庫を自動化するという難題の解決にあたって、オートフォークリフトやAMR(自律走行搬送ロボット)を用いることを考えた。しかし問題はそこからだった。
「作業を自動化するには、どの荷物はどこに置いてあるのか、どこに運ぶのか、などといったデータが必要です。ところが物流倉庫では、荷物の保管場所が大まかにしか指定されていないケースもありました。『だいたいこの場所』という情報だけがあって、あとは人がそこに行って目で見て探すのです。でもロボットに『だいたい』は通用しません。また、情報のほとんどは紙で管理されていることも課題でした」(桑原)
そこで桑原たちは、現場で作業を行うスタッフに詳細な聞き取り調査を実施。1つひとつの作業を作業者の記憶から客観的なデータへと置き換えていった。そこに要した時間は、いつもの5倍ほどだったと桑原は言う。そのうえで、ロボットを制御するためのシステムを作り込んだ。
小林が「印象的だった」と語るのは、蓄電池のサイズ決めに関するプロセスだ。規模の大きな蓄電池は容量も大きいが、費用もかさむ。かといって小さすぎると、使いたいときに「充電切れ」という事態を招きかねない。最適解を導き出すために、環境事業部のメンバーは足しげく現場に通い、「日中に電気はつけるのか」「クーラーはどれぐらい使っているのか」などを聞き取った。
「モノを売るだけなら、性能や価格がカギになるのかもしれません。しかし私たちが売ろうとしているのは『コト』です。解決策を提案し、採用してもらおうとしているのです。となると大切なのは、どれだけ相手のこと、相手の困りごとを理解しているかです。そこで私たちは、現場を観察し、直接話を聞かせてもらうことに力を入れています」(小林)
多彩な「機能」が興和の強み。
組み合わせることで可能性が広がる
2024年4月、新築の倉庫が稼働を開始した。折しもトラックドライバーの時間外労働の規制が適用されるタイミングとあって、地元経済界でも大きな注目を集めた。完成した倉庫は、災害など非常時への備えでも大きな特徴を持つ。病院や工場、行政機関などは災害時にも稼働できるよう、自家発電設備を備えていることが多い。通常は重油をエネルギー源にした発電機を用いるのだが、重油は発電時に大量の二酸化炭素を排出する。そこでプロジェクトでは、非常時の電源として蓄電池を活用する方法を採用。災害時であっても二酸化炭素の排出を抑えることで、当初のコンセプトにあるカーボンニュートラルとBCPを両立させたのだ。
桑原はプロジェクトのなかで発揮された興和らしさとして、「一気通貫」を指摘する。倉庫内で用いられたロボットをはじめとした設備も、太陽光発電などの環境対応設備も、さらに倉庫という建物自体も興和オプトロニクス内で企画し、調達や導入を行った。建物の設計・施工を受け持ったのもグループ会社だ。桑原は、「外部から調達したのは土地ぐらいかもしれない」と言って笑う。
小林が実感した興和らしさは、次の時代を見据えた挑戦する姿勢だ。今でこそ多彩な事業を持ちそれぞれが確固たる基盤を築いている興和だが、いずれの事業も最初から大きく、強かったわけではない。試行錯誤を重ね、時代のニーズに応えてきた結果が、複数の主力事業を持つ現在の興和の姿だ。それと同じことが今まさに、興和オプトロニクスを舞台にして行われているのだ。目指すのは、今回のプロジェクトで得たノウハウを活用し、第二、第三の案件を受注していくこと。そして、環境に配慮した工場や倉庫を建設するにあたり、設備から建物までトータルで請け負う事業へと成長すること。すなわち、環境ソリューションを軸にした「コト売り」となることだ。
「そこまで先を見たうえで、挑戦を後押ししてくれるのです。目先の利益だけを追うなら、大胆なチャレンジはできません。長い目で見て成長や利益を生み出すことを念頭に置いているから、経営陣も『とにかくやってみればいい。応援するよ』と言ってくれます」(小林)
桑原たちロボティクス事業部は今回のプロジェクトを通し、物流平倉庫を自動化するための数多くのノウハウを得ることができた。既存の管理システムと連携し、最小限のシステム変更で自動化を実現できる仕組みなどがその一例だ。これらを活用し、物流業や製造業への導入拡大を目指す。
小林は、「モノを作ったり、素材を調達したり、あるいは販売したり。興和には多彩な機能があります。それがさまざまな分野に広がっています。それらを組み合わせることで、新たな事業の可能性が広がるはずです」と語る。
興和グループは「健康×環境」という経営ビジョンを掲げている。今回のプロジェクトは、グループが持つ複数の機能を組み合わせることで環境領域での可能性を切り開くことができた。次は健康領域だ。どの機能とどの機能を組み合わせれば、可能性が広がっていくのか。2人の頭の中では、すでにパズルが始まっているのかもしれない。